今や日本を代表するアーティストとして知られる米津玄師さん。
独特の世界観と圧倒的な音楽センスで多くのファンを魅了し続けていますが、実は彼には「昔の名前」があったことをご存知でしょうか?
今回は、米津玄師さんの知られざる過去と、彼が歩んできた音楽の軌跡についてお伝えします。
ボカロPとして活動していた頃の名前や、本名で活動を始めた理由など、米津玄師さんの魅力に迫ります!
米津玄師の昔の名前「ハチ」とは

米津玄師さんの昔の名前、それは「ハチ」です。
2009年から、米津玄師さんは「ハチ」という名義でボーカロイド楽曲を制作し、ニコニコ動画に投稿していました。
この「ハチ」という名前には、実は面白い由来があるんです。
米津玄師さん本人がラジオで語ったところによると、「ハチ」という名前の由来は、姉が好きだった矢沢あいの漫画『NANA』の主人公が「ハチ」と呼ばれていたことだそうです。
身近な影響から生まれた名前だったんですね。
また、「ハチ」以外にも「蛙屋(かわずや)」という名前を使っていた時期もあったそうです。
多彩な才能を持つ米津玄師さんらしく、名前にも遊び心が感じられますね。
ボカロP時代の米津玄師の活動

「ハチ」として活動していた頃の米津玄師さんは、ボカロP(ボーカロイドプロデューサー)として大きな注目を集めていました。
特に「結ンデ開イテ羅刹ト骸」「マトリョシカ」「パンダヒーロー」といった楽曲が大ヒットし、ボカロ界で一躍有名になりました。
中でも「結ンデ開イテ羅刹ト骸」は、投稿からわずか3日で殿堂入りを果たし、4ヶ月後にはミリオン再生を達成するという驚異的な人気を博しました。
この曲の成功により、「ハチ」の名は一気に広まったのです。
米津玄師さんの才能は音楽だけに留まりません。
ボカロP時代から、楽曲制作だけでなく、イラストや動画も自ら手がけていました。
この多才ぶりが、独自の世界観を生み出し、多くのファンを魅了する要因となったのでしょう。
米津玄師が本名で活動を始めた理由

2012年、米津玄師さんは大きな決断をします。
それは、「ハチ」という名義をやめ、本名の「米津玄師」として活動を始めることでした。
なぜ、人気ボカロPとして成功していた「ハチ」の名を捨て、本名で活動することを選んだのでしょうか?
その理由は、米津玄師さんの強い意志にありました。
「初音ミクを”隠れみの”にしたくない」
この言葉に、米津玄師さんの音楽に対する真摯な姿勢が表れています。
ボーカロイドの声ではなく、自分自身の声で歌うことを選んだ米津玄師さん。
これは、より直接的に自分の想いを表現したいという強い思いの表れだったのでしょう。
この決断が、今日の米津玄師さんの活躍につながっていると言えるかもしれません。
まとめ
今回は、米津玄師さんの昔の名前「ハチ」について、そしてボカロP時代の活動や本名で活動を始めた理由についてお伝えしました。
米津玄師さんの音楽キャリアは、以下のようにまとめられます。
- 昔の名前は「ハチ」で、ボカロPとして活動
- 「結ンデ開イテ羅刹ト骸」などのヒット曲で人気に
- 音楽だけでなく、イラストや動画制作も手がける多才ぶり
- 2012年から本名「米津玄師」として活動開始
- 自分自身を表現したいという強い意志が名義変更の理由
ボカロPから日本を代表するアーティストへと成長した米津玄師さん。
その軌跡には、常に自分の音楽と真摯に向き合う姿勢が貫かれています。
これからも、米津玄師さんがどのような音楽で私たちを魅了してくれるのか、楽しみですね!