元横綱白鵬に何があったのか気になっている方も多いのではないでしょうか?
2025年6月に日本相撲協会を退職するという衝撃的なニュースが報じられました。
この記事では、白鵬に何があったのかを時系列で詳しく解説していきます!
弟子の暴力事件から部屋閉鎖、そして退職に至るまでの経緯を分かりやすくまとめました。
白鵬に何があったのか時系列で解説!弟子の暴力事件が発端

白鵬 何があったのかを理解するには、2024年2月に起きた弟子の暴力事件から見ていく必要があります。
宮城野部屋の元幕内・北青鵬が弟弟子への暴力行為を繰り返していたことが発覚したのです。
北青鵬の暴力行為は非常に悪質なものでした。
弟弟子2人に対し、顔などへの平手打ち、指への瞬間接着剤、殺虫スプレーに火をつけて体に近づけるなど、日常的な加害行為を繰り返していたとされています。
この問題により北青鵬は引退処分となりました。
2024年2月から3月にかけて、監督責任により宮城野親方(白鵬)も重い処分を受けました。
協会内序列で「委員」から序列最下位の「年寄」へ2階級降格、報酬減額3か月20%などの懲戒処分です。
さらに宮城野部屋は無期限閉鎖という厳しい処分が下されました。
2024年4月、宮城野部屋は無期限閉鎖となり、親方と弟子たちは伊勢ケ浜部屋に「預かり」という形で転籍しました。
宮城野親方は部屋付き親方として指導に当たることになったのです。
部屋持ち親方にとって部屋閉鎖は「致命的」と評され、師弟関係やアイデンティティに大きな打撃となりました。
その後1年間、部屋再興の時期や条件について、協会から明確なロードマップは示されませんでした。
「いつ再開できるか全く見通しが立たない」状態が続いたのです。
2025年3月の春場所後の理事会でも宮城野部屋再興は議題に上がらず、この頃から退職の意向を固めたと報じられています。
2025年5月末、宮城野親方が日本相撲協会に退職届を提出したと報道されました。
6月2日の日本相撲協会の臨時理事会で、9日付の退職願を受理する方針が全会一致で承認されます。
そして2025年6月9日、退職が正式発効し、同日会見で本人が理由や心境、今後について説明しました。
白鵬が協会退職を決断した本当の理由とは

白鵬が協会退職を決断した最大の理由は、部屋再興の時期が決まらないことへの不信と失望でした。
宮城野部屋は「無期限閉鎖」のまま、1年たっても再開時期が示されなかったのです。
協会幹部側には「期間を決めると反省しないから」といった考えもあり、あえて再興時期を明示しなかったとされています。
一方で、伊勢ケ浜親方の定年時期などから、夏場所後(5月)に再興の可能性があるという「期待だけ」が広まりました。
しかし結局春場所後の理事会でも議題にされず、本人は「見通しがない」と感じたと報じられています。
一部の解説者や報道は、立場や序列をめぐる問題も指摘していました。
伊勢ケ浜親方の定年後は、同じモンゴル出身で年下の照ノ富士(元横綱)の下で働く可能性があり、それを「屈辱的」と感じたのではないかという見方です。
ただし本人は会見で「照ノ富士の下が嫌だとかはない」「照ノ富士はよくやってくれている」と、そうした報道を明確に否定しています。
白鵬は協会の中で制度や意識を変えていきたいという思いを持っていました。
しかし処分・部屋閉鎖・再興問題の対応の中で、「協会の中から改革する」夢を諦めたと周囲に漏らしたとされています。
会見では「今の自分が置かれている状況を考えると、外の立場から力を尽くす方がいいと判断した」と述べ、内側ではなく外部から相撲に関わる道を選んだと説明しました。
部屋再興のめどが立たないことへの不安や、弟子たちの将来を考えたことも匂わせています。
「いろいろ総合的に考えた結果の決断」としており、複数の要因が重なった結果だったことが分かります。
白鵬退職に対する協会と世論の反応

協会は臨時理事会後、「今後は浅香山部屋で預かる」「解除を十一月場所後とすることを検討していた」など、一定の再興に向けた案があったかのように説明しました。
しかし報道では「協会の説明と、宮城野親方の受け止めに食い違いがある」「後味の悪い退職」と評されています。
一部の親方からは「部屋再興の検討をしていたなら、なぜもっと丁寧に説明しなかったのか」と協会への疑問の声が上がったとされています。
協会側の説明の不透明さや、処分後のフォローのなさに対する批判が出ており、「協会の対応にも問題がある」との論調が目立ちます。
社説やコラムでは、歴代最多45度優勝という実績の大横綱をこうした形で手放す協会のマネジメントを問題視する論調も多く見られました。
世論の中には「帰化までしたのに退職は残念」「協会はもっと丁寧に対応すべきだった」という声も多数上がっています。
まとめ
白鵬に何があったのかをまとめると、2024年2月の弟子・北青鵬の暴力事件が全ての発端でした。
この事件により宮城野部屋は無期限閉鎖となり、その後1年以上も部屋再興の時期や条件が示されませんでした。
部屋再興の見通しが立たないことへの不信と失望が積み重なり、2025年6月に協会退職という決断に至ったのです。
協会の対応への批判も多く、歴代最多優勝の大横綱がこうした形で相撲界を去ることになったことは、相撲界にとって大きな損失と言えるでしょう!

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